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福岡地方裁判所小倉支部 昭和51年(ワ)884号 判決

原告

長井久人

ほか三名

被告

安田火災海上保険株式会社

ほか一名

主文

被告山口幸男は、原告らに対し、各金一六八万二、一二八円及びこれに対する昭和五一年四月一五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被告安田火災海上保険株式会社は、原告らの被告山口幸男に対する本判決が確定したときは、原告らに対し、各金一六八万二、一二八円及びこれに対する右確定の日の翌日より各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告らに対するその余の各請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

この判決は右第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

1  被告らは、各自原告らに対し、各金四一二万五、〇〇〇円及びこれに対する昭和五一年四月一五日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決と仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決と被告ら敗訴の場合の仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  (本件事故の発生)

被告山口は、昭和五一年四月一四日午前二時三〇分頃、同被告所有の普通乗用自動車(以下本件自動車ともいう。)を運転し、北九州市八幡東区桃園一丁目五番新日本製鉄アパート南九棟先道路上を黒崎方面から中央町方面に向け時速約八〇キロメートルで進行中、自車を右斜め前方に暴走させて道路右端のコンクリート壁に衝突転覆させ、よつて自車同乗中の訴外長井里記を頭蓋骨開放骨折等により即死させた。

2  (被告らの責任)

(一) 被告山口は、本件自動車を保有し、これを運行の用に供していたから、自賠法第三条に基づく損害賠償責任がある。

(二) 被告会社は、昭和五〇年一二月、被告山口との間で本件自動車につき被保険者を同被告とし、保険金額金二、〇〇〇万円、保険期間を契約成立後一年間とする自動車対人賠償責任保険契約を締結したのであるから、同被告に対し、同被告が原告らに対し右責任を負担することによつて受ける損害を填補する責任がある。

原告らは、被告山口が無資力であるので、同被告に対する右損害賠償請求権に基づき同被告の被告会社に対する保険金請求権を民法第四二三条により代位行使する。

3  (損害)

原告長井久人、同長井宴子は訴外長井里記の養親、原告美濃時昌、同長井正子はその実親である。

原告ら及び右訴外人は、本件事故により次の損害を蒙つた。

(一) 訴外長井里記の逸失利益

訴外長井里記は、昭和二九年二月一四日生で、本件事故当時二二歳であつた。同訴外人は、日鉄電設工業株式会社に勤務し、昭和五〇年五月一日から昭和五一年四月三〇日までの給与は金一四六万七、九五四円である。これは二二歳の男子労働者の平均賃金より高いので、二二歳から二四歳まではこの賃金を計算の基礎とし、二五歳から六七歳までは賃金センサス昭和四九年第一巻第一表の男子労働者の平均賃金により同訴外人の賃金を計算すると別紙逸失利益計算書(一)のとおり金四、七八六万六、四七二円となり、このうち二分の一は生活費として費消するので、逸失利益の本件事故当時の現価は金二、三九三万三、二三六円となる。

原告らは、右訴外人の被告山口に対する右逸失利益の損害賠償請求権を各四分の一宛相続した。

(二) 慰藉料

原告ら固有の慰藉料は、それぞれ金二五〇万円宛である。

4  (損害の填補)

原告らは、右損害につき、自賠責保険より計金一、五〇〇万円(各金三七五万円宛)を受領した。

5  (弁護士費用)

よつて、原告らは、各自被告らに対し、各金四七三万三、三〇九円の損害賠償請求権を有するところ、被告らがその支払に応じないため止むをえず本訴の提起と追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、福岡県弁護士会の報酬規程の範囲内で報酬を支払う旨の契約を結んだところ、本件訴訟の難易等を考慮すると、各原告らにつき、うち金三七万五、〇〇〇円宛は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

6  (結論)

よつて、原告らは、各自被告らに対し、各金五一〇万八、三〇九円の損害賠償請求権を有するところ、各自被告らに対し、うち各金四一二万五、〇〇〇円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五一年四月一五日より完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項(一)の事実及び同項(二)の事実中被告らが原告ら主張の保険契約を締結している事実はいずれも認める。

被告山口が無資力であるとの事実は否認する。同被告が無資力であるとの事情は存在しないので、被告会社に対する原告らの本訴請求は失当である。

3  同第3項(一)、(二)及び第5項の事実は争う。

三  被告らの抗弁

本件事故に際し、訴外長井里記は、被告山口と飲食店で待合わせて一諸に飲酒したうえ、被告山口が右飲酒により酒に酔つていることを知りながら、同被告運転の本件自動車に同乗させて欲しい旨要求し、右自動車で更に他の酒場に赴き同店で飲酒したものである。そして翌日が交通ストのため同被告方で泊めて貰い、同被告運転の右自動車に乗せて貰つて出社することにし、右第二の飲酒現場から前同様同被告が酒に酔つていることを知りながら同被告運転の右自動車に同乗し、同被告方へ帰る途中、本件事故に至つたものである。

従つて、訴外長井里記は、本件事故発生に関し、被告山口に対して飲酒運転をなさしめた点で重大な過失があるうえ、右事情による無償同乗者でもある。

よつて、過失相殺及び好意同乗の法理により原告ら主張の損害に対して相当の減額を実施した場合、原告らの損害については自賠責保険金の支払受領により十分填補されているものというべきであり、原告らの各本訴請求は失当である。

(抗弁に対する原告らの認否)

争う。

第三証拠〔略〕

理由

第一原告らの被告山口に対する請求について。

一  請求原因第1項及び第2項(一)の事実は当事者間に争いがなく、原告長井久人、同長井宴子が訴外長井里記の養親、原告美濃時昌、同長井正子が同訴外人の実親として、いずれも同訴外人の相続人であることは被告山口において明らかに争わないところである。

右争いのない事実によれば、被告山口は、自賠法第三条に基づいて、原告らに対し、本件事故によつて右訴外人及び原告らが蒙つた損害を賠償すべき責を負うというべきである。

二  いずれも成立に争いがない甲第七、第八号証及び同第一〇、第一一号証、被告山口幸男本人の供述を総合すると、訴外長井里記は、昭和五一年四月一三日夜九時過頃から、北九州市八幡西区紅梅町新日鉄「紅梅寮」から歩いて五分位のところにあるスナツク「クリフ」で、被告山口他二名の友人とウイスキーの水割を飲みながら談笑し、被告山口が、ほろ酔い気分で、午前〇時頃同店を出て自己所有の本件自動車を運転して自己の寮である「前田寮」に帰ろうとしたところ、訴外長井を含む三名が本件自動車に乗込み、訴外長井において「今から、小倉に知つている店があるから飲みに行こう。」と誘つたので、右四名中酒を飲んでいない訴外信田博行が小倉まで車を運転して行くことになり、被告山口が本件自動車を運転して「紅梅寮」まで行き、本件自動車は「紅梅寮」に置いて、右四名が右訴外信田の車に乗込み、翌一四日午前一時頃、同訴外人の運転で北九州市小倉北区京町二丁目スナツク「セリカ」に赴き、同店で訴外長井及び被告山口らは、ウイスキーの水割を飲み、同日午前二時頃、右四名は、同店を出て右訴外信田の自動車に乗込み、同人の運転で「紅梅寮」に帰り、次いで、同日が交通ストのため訴外長井において同被告の住む「前田寮」に泊めて貰うこととなつていたため、同被告及び同訴外人が「紅梅寮」に置いてあつた同被告所有の本件自動車に乗込み、同被告の運転により「前田寮」に向け、時速八〇キロメートルで進行中、当事者間に争いのない態様により本件事故が発生したものであること、被告山口が「紅梅寮」から「前田寮」へ向けて本件自動車を運転した時には酔いは醒めていたとはいえ、右スピードの出しすぎは飲酒とは無関係ではないこと、以上の事実を認めうる。右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、訴外長井里記は、被告山口に飲酒することを誘い、同被告が飲酒のうえ本件自動車を運転することを知つていたものであるから、同訴外人には、飲酒のため発生する交通事故を未然に防止すべき注意義務を欠いた過失があつたというべきであり、また、同訴外人の本件自動車の同乗は、いわゆる好意同乗であるから、同訴外人はその「他人性」が一部割合的に失われ、右限度で同被告の運行供用者責任は軽減されるというべきである。

よつて、過失相殺及び右好意同乗の法理により、本件事故による原告ら及び訴外長井里記の損害のうち、被告山口が賠償すべき損害は、前記認定の事実からすると、その三割を減額して七割に止まると認めるのが相当である。

三  本件事故による訴外長井里記及び原告らの損害は次のとおりである。

1  訴外長井里記の逸失利益及び原告らの相続

成立に争いがない甲第一号証及び同第一七号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる同第一六号証によれば、本件事故当時、訴外長井里記は、日鉄電設工業株式会社に勤務し、年間金一四六万七、九五四円の収入をえていたこと、二五歳から六五歳に至るまでの男子労働者の学歴計による平均賃金は、昭和四九年賃金センサスによれば原告ら主張のとおりであること、以上の事実を認めうる。右認定に反する証拠はない。

そこで、右訴外人の本件事故による逸失利益の事故当時の現価は、稼働期間を四三年間、生活費を収入の五割として、ライプニツツ式計算により年五分の中間利息を控除して計算すると、別紙逸失利益計算書(二)のとおり、金一、八一八万三、五八九円となるところ、被告山口が賠償すべき訴外長井里記の逸失利益は、前記減額事由により、うち金一、二七二万八、五一二円である。

よつて、原告らは、訴外長井里記の被告山口に対する右逸失利益賠償請求権を相続により四分の一宛取得したというべきであるから、各金三一八万二、一二八円の請求権を有する。

2  原告らの慰藉料

被告山口が原告らに対して賠償すべき原告らの慰藉料は、訴外長井里記の死亡の事実、事故の態様、前記減額事由等本件における諸般の事情を斟酌すると、原告らにつき各金二一〇万円と認めるのが相当である。

四  従つて原告らは、被告山口に対し、各金五二八万二、一二八円の損害賠償請求権を有するところ、原告らが本件事故に関し、自賠責保険金より各金三七五万円宛を受領し、同額の損害の填補を受けたことは原告らにおいて自認するところであるから、原告らは、同被告に対し、なお各金一五三万二、一二八円の損害賠償請求権を有しているというべきであるが、原告長井久人本人の供述、弁論の全趣旨によれば、同被告が任意の弁済に応じないため、止むをえず本訴の提起と追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、原告ら主張の報酬契約を結んだ事実を認めうるところ、本件訴訟の難易、認容額等を参酌すると、原告らにつき各金一五万円は、同被告が賠償すべき、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用であるというべきである。

五  以上の次第で、被告山口は、原告らに対し、各金一六八万二、一二八円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五一年四月一五日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うというべきである。

第二原告らの被告会社に対する請求について。

一  被告山口と被告会社との間で、原告ら主張の自動車対人賠償責任保険契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

ところで、成立に争いがない乙第一号証によれば、保険契約の締結により保険事故の発生を停止条件とする保険金請求権が発生し、保険事故の発生時に保険金請求権は抽象的に発生するが、なおその保険金請求権を行使するには、先ず被保険者が負担する損害賠償責任の額が、判決、裁判上の和解、調停または書面による合意によつて被保険者と損害賠償請求権者との間で確定することが必要であり、右保険金請求権の履行期は、通常の場合、右損害賠償額が確定したうえ、約款所定の手続が完了したときに到来するものというべきである。

しかし、本件のように、被害者が、加害者に対する損害賠償請求と保険会社に対する債権者代位による保険金請求とを併合して訴提起している場合には、被害者の損害賠償を認容すると共に、右認容の損害賠償額に基づき被害者の保険金請求を、民事訴訟法第二二六条所定の要件がみたされている限り、将来の給付の請求として認容しうるというべきであり、また、保険金請求権の履行期は、保険会社が右損害賠償額の確定手続に訴訟当事者として関与しているのであるから、通常の場合と異つて、右約款所定の手続に拘らず、被害者の加害者に対する損害賠償請求認容の判決が確定すると同時に保険金請求権の履行期が到来し、保険会社は、その翌日から履行遅滞の責に任ずるというべきである。

従つて、原告らの債権者代位権に基づく被告会社に対する保険金請求としての本訴請求は、将来の給付の訴に該当するところ、右保険金請求権が併合訴訟である加害者に対する損害賠償請求の訴を認容する判決の確定と共に履行期が到来する外、被告らが損害賠償義務、保険金給付義務を争い、原告らが早急な賠償をうべき必要にある以上、民事訴訟法第二二六条所定の要件を充たすものというべきである。

次に、被告山口が保険金請求権を適法に行使しているといえないことは明らかであり、また、同被告本人の供述によれば、同被告が無資力である事実を認めうるから、原告らの被告会社に対する保険金請求は、民法第四二三条の要件を充たしているというべきである。

二  原告らの被告会社に対する保険金請求は、右説示により、即時の支払を求める請求としては認容しえないことが明らかであるが、原告らの被告会社に対する本訴請求は、予備的に前記将来の給付の請求を含む趣旨であることが弁論の全趣旨により明らかであるところ、前記のとおり、被告山口は、原告らに対し、各金一六八万二、一二八円の損害賠償責任があり、また、被告ら間の保険契約の保険金額は金二、〇〇〇万円であるから、被告会社は、原告らに対し、原告らの被告山口に対する本判決が確定したときは、各金一六八万二、一二八円及びこれに対する右確定の日の翌日より完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

第三結論

よつて、原告らの被告らに対する各本訴請求は、いずれも被告らの各前記説示の支払義務の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を、被告山口に対する仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、右仮執行の免脱宣言の申立及び被告会社に対する仮執行宣言の申立はいずれも相当でないからこれを却下して、主文のとおり判決する。

(裁判官 寒竹剛)

逸失利益計算書(一)

〈省略〉

逸失利益計算書(二)

〈省略〉

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